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東京高等裁判所 昭和38年(う)699号 判決 1964年1月21日

控訴人 被告人 小滝利弘

弁護人 成富安信

検察官 平岡俊将

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役弐年六月に処する。

原審における未決勾留日数中四拾五日を右本刑に算入する。

本件公訴事実中昭和三十八年一月十九日付起訴状記載の公訴事実一別紙犯罪一覧表(一)の11、13、19、25、2729、56の各業務上横領の点につき被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人成富安信提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

弁護人の控訴趣意第一点の審理不尽、理由不備及び事実誤認の主張について。

原判決の挙示する証拠中狩野博の司法警察員に対する昭和三十七年九月二十七日付及び同年十二月十二日付各供述調書、加藤晴男の司法警察員に対する同年九月二十九日付、同年十一月二十八日付及び同年十二月十日付各供述調書、関田成男の司法警察員に対する同年九月二十七日付供述調書、被告人の司法警察員に対する同年十一月十五日付、同月二十三日付及び同年十二月一日付各供述調書によると、町田市(市制施行前町田町)は、昭和三十四年頃同市にガスを誘致する計画を立て、その頃議会の議決を経て組織された町田市ガス誘致委員会においてガス利用組合設立の準備を進め、東京ガス株式会社との間にガス利用に関する取りきめをなし、昭和三十五年五月頃から事実上市民の組合加入の申込を受け付け、同市が右委員会の委嘱を受け、同市水道課をして右加入の受付、これに伴う加入金及び工事金の徴収、保管等の事務を取り扱わせていたが、昭和三十六年二月十三日町田市ガス利用組合の設立を見るに及んで、右事務を同組合に移管したこと、被告人は、昭和三十四年十月頃町田市水道課の常傭人夫に雇われ、昭和三十五年四月頃同市準職員に、昭和三十七年一月頃同市主事補に順次登用されたが、昭和三十五年五月頃同市長より前記ガス誘致委員会からの委託事務いつさいの担当を命ぜられ、右組合設立と同時に同組合主事に任命され、昭和三十七年九月下旬頃無断欠勤してその職場を放棄するまで引き続いて組合加入金及び工事金の徴収、保管、加入金変更(加入金は当初五千円と定められていたが、後に二千五百円に変更された)による過徴加入金の還付、該還付金の保管等の業務に専従していたものであることが認められる。すなわち、被告人は、昭和三十六年二月十三日の町田市ガス利用組合発足前は同市水道課の職員として、同組合発足後は同組合の主事として、前掲ガス施設誘致に関する事務を担当していたのであるから、原判決が昭和三十五年七月一日頃から昭和三十七年八月三十一日頃までの間の加入金及び工事金横領の事実(昭和三十八年一月十九日付起訴状記載の公訴事実)において、「被告人は、東京都町田市原町田三百番地所在町田市ガス利用組合の主事として、同組合加入者より組合加入金及び工事金を徴収し、これを保管するなどの業務に従事していた」と判示したのは、所論のごとく審理不尽、理由不備の違法があるものといえないにしても、昭和三十六年二月十三日前においてすでに同組合が設立され、かつ被告人が同組合主事の身分を有していたとの趣旨を含むものと解されるかぎりにおいては事実を誤認したものといわなければならない。しかし、原判決の判示する、被告人が右の犯行の全期間を通じて担当していた事務の内容自体には誤はないのであるから、右の誤は、判決に影響はないものというべきである。しかして、刑法第二百五十三条にいわゆる業務とは、一定の事務を常業として行うことをいい、その事務は、法令によると慣例によると契約によるとを問わず、本務、兼務、委託事務等のすべてを含むものと解するのを相当とするから、市の水道課職員が市長の命により市にガスを誘致する目的をもつて組織された他の団体から市に委嘱された加入金及び工事金の徴収及び保管の事務を継続的に担当する場合、その担当事務は、同条にいわゆる業務に当るものといわなければならない。したがつて、原判決が被告人の昭和三十六年二月十三日前の加入金若しくは工事金横領の所為を業務上横領の罪に問擬したのは正当である。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第三点の事実誤認及び法令適用の誤の主張並びに被告人控訴趣意中同旨の事実誤認の主張について。

関田成男の司法警察員に対する昭和三十七年十二月三日付供述調書、被告人の司法警察員に対する同年十一月二十三日付及び同年十二月四日付各供述調書、被告人の検察官に対する同年十一月二十四日付供述調書によると、被告人は、昭和三十五年十月三日伊藤隆一ほか十七名から工事金合計十万七千百四十円を徴収しながら、これに七千七百二十五円を加算した十一万四千八百六十五円の現金につき徴収手続をし、同月二十四日井上己代吉ほか九名からの工事金合計十一万千四十五円を徴収しながら、これに千円を加算した十一万二千四十五円の現金につき徴収手続をし、昭和三十六年三月九日中村善太郎ほか八名から工事金合計九万四千七百七十円を徴収しながら、これに三万八千九十六円を加算した十三万二千八百六十六円の現金につき徴収手続をし、同年五月十六日神代紀久夫ほか十五名から工事金合計十二万千八百五十五円を徴収しながら、これに四万五千六百九十五円を加算した十六万七千五百五十円の現金につき徴収手続をし、総計して実際に徴収した工事金の額を九万二千五百十六円超過する額の現金につき徴収手続をしたこと、右各超過分の現金をそれぞれその頃加入者から受領した加入金の中から捻出したことが認められる。次に、前掲各証拠によると、被告人は、右各手続の当時加入金の一部のみならず工事金の一部をも着服して使い込んでいたのであるが、工事金の使い込みだけでも穴埋めしておこうと考え、叙上のとおり四回にわたり加入者より受け取つた加入金の中から合計九万二千五百十六円を割いてこれを工事金にまわし、これを実際に受領した工事金に加え、その全部を工事金として受領したもののごとく手続上作為したものであることが明らかである。ところで、横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他人の物の占有者が、委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいい、必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを必要としないものと解すべきである。工事金を着服して使い込んだ被告人が、その使い込みの穴埋をするため保管する加入金の中からまわした合計九万二千五百十六円の現金につき右の意味の不法領得の意思を有しなかつたものということはできないから、右穴埋めにまわした加入金についても横領罪は成立するものといわなければならない。又、工事金の着服により一たび成立した横領の罪責が後日の穴埋により消滅するいわれはないものというべきである。したがつて、原判決が右穴埋めにまわされた加入金を加入金横領から除外せず、又、工事金横領の額から右穴埋めされた額を控除しなかつたのは正当である。論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 判事 有路不二男)

弁護人成富安信の控訴趣意第一点

第一点、原判決は理由不備、事実誤認及審理不尽の違法がある

原判決理由の事実摘示は、第一乃至第四起訴状の公訴事実記載を(若干の誤記訂正を除き)そのまま引用したのであるが、それら起訴状の公訴事実記載をみると、冒頭に被告人が横領をはたらいた際の業務上の地位、資格として、夫々「被告人は東京都町田市原町田三〇〇番地所在町田市ガス利用組合の主事として、同組合加入者より組合加入金及工事金を徴収し保管し或は加入者に対する加入金の還付金を保管するなどの業務に従事していたものである」と掲記されている、即ち之によると被告人は昭和三五年七月一日から同三七年九月二〇日に至る本件横領犯実行期間全般にわたり、町田市ガス利用組合(以下ガス組合と称する)の主事の地位に於て金員保管に当つていたものと認定され、此認定に基き業務上横領罪が適用されたわけである。然し乍ら当時の被告人の地位職務及びガス組合の実態に関する記録中の全証拠(それらは概ね原判決の証拠欄に摘示されている)に徴するも前記の如き認定は誤である事が明かである。

(一) 先ずガス組合の実態について検討すると、昭和三六年二月一日に町田町が町田市に変り、その直後たる同年同月一三日にガス組合が設立せられた事が認められる(狩野博の三七年九月二七日付及同年一二月一二日付、関田成男の同年九月二七日付各司法警察員供述調書-以下類を避ける為、<員>と略記する)

(二) 次に被告人の勤務経歴を見ても、同人は昭和三四年九-一〇月頃に町田市(当時は町田町)役所水道課の人夫に採用され(右狩野及関田<員>の他、小滝洋子の三七年一一月二二日付<員>、被告人の三七年一一月一五日付、同年同月二三日付、同年一二月一日付各<員>)市制実施後たる三六年四月一日に市の事務補助員(準職員)に登用され(狩野九月二七日<員>、一二月一二日<員>、被告人一一月二三日<員>、小滝洋子<員>、(三五年二-四月に準職員になつた旨の被告人一一月一五日<員>及一二月一日<員>は、右証拠から見て被告人の記憶違いと思われる)更に三七年一月一日から市の主事補に任命された事が認められる(狩野、関田、小滝洋子、被告人の前記各<員>)しかも被告人は水道課の人夫をしていた当時にあつては、水道配管、本管工事を担当していたとの事である(被告人の一一月二三日付<員>及び一二月一日付<員>)之ら記録に現れた事実からすると、昭和三六年四月一日以降はともかく、それ以前に被告人がガス組合の主事(実は之も市主事補の誤であるが)、としてガス組合の金員保管の業務に携つていたものと認める事は全く困難であるといわねばならない。尤も被告人の一一月一五日付<員>中には昭和三四年頃ガス誘致委員会が発足し熊沢市議が委員長となり、後にガス組合に名称変更した旨の供述が見られるが、市会議員(当時町議が)委員長となつた委員会はおそらく市会(町会)の特別委員会であると思われ、そのようなものが仮にその頃あつたとしても之が同一性を保つて単に名を変えただけで後のガス組合に成るとは到底考えられない処であるし、又そのような委員会と被告人との関係も不明である(地方議会の委員会と水道課の人夫とが職務上関係をもつとは思えない。)尚又、三五年五-六月頃から事実上ガス組合としての加入金徴収事務を開始し、被告人が既に之を担当していたかの如き記載も無いではないが(関田九月二七日<員>、狩野一二月一二日<員>、加藤晴男一一月二八日<員>、被告人前記各<員>)、被告人がガス組合の事務専従を委嘱せられたのは市の準職員に登用せられたのと同時であるが(狩野九月二七日<員>被告人一二月一日<員>)、準職員登用は前記の通り三六年四月一日であり、それまで被告人は水道課人夫として工事に出ていた事実からすると甚だ疑問であり、少くともその頃被告人が偶々金員に触れる事があつたとしてもその業務上の立場、特に金員徴収主体(それ自体不明確であるが)との関係も明かにされて居ず、昭和三十六年三月三一日以前の横領行為に関しては単純横領に該当する疑がある。

要するに被告人の業務上横領を認定するに際しての業務上金員保管の資格地位につき原判決には明かな理由不備、事実誤認、審理不尽の違法があるらのである。

同第三点、原判決には事実誤認、法令適用の誤がある。

原判決は被告人に対し四個の起訴状に記載された各公訴事実につき全部有罪と認めた。然し乍ら被告人は横領したと認められた金員中一部のものは当時即日(別項目ではあるが)市金庫に納入している事実があるのであつて、少くともこの金員に対して横領罪の成立を認めることは誤である。その金員というのは、関田の三七年一二月三日付<員>四項及別表、被告人の三七年一二月四日付<員>一〇項及別表(被告人の一一月二四日付検察官供述調書にも一部現れている)に掲記されている通り、合計九二、五一六円で、その内訳は

1 昭和三五年一〇月三日の入金 七、七二五円 2 三五年一〇月二四日の入金 一、〇〇〇円 3 三六年三月九日の入金 三八、〇九六円 4 三六年 五月一六日の入金 四五、六九五円である。之らはいずれも工事金の名目で、当日の実際被告人が受領、保管した工事金の額を超過して、之丈入金されているのである、そしてその出所は被告人の一二月四日付<員>別表にある通り夫々該当当日被告人が受領した加入金即ち 1 は三五年一〇月三日第二起訴状別紙(一)52 加入金  一五、〇〇〇円 中西祥泰、菊地邦夫、松山在九分 3 は三六年三月九日 第二起訴状別紙(一)39 加入金 三七、五〇〇円 小島市蔵外七名分 4 は三六年五月一六日 第二起訴状別紙(一)50 加入金 一二五、〇〇〇円 東急不動産 五、〇〇〇円 松田秋田郎のうち東急不動産分を夫々前記の様に別項目名義にて入金したのである。従つて、右工事金名義による超過納入分に相当する前記加入金(被告人の横領と認定された分)というものは、之に対し被告人が(各項目別に正確に区分して納入すべき責務に反した背任とみなして追及されるのであればともかく、)少くとも自己の用途に供する意思は毛頭なく単に市金庫に納入する意のみを以て処理した事が明かなものであるから、之に対しては不法領得の意思に欠け、横領罪は成立するに由なきものというべきである。然るに原判決がこの金員に対しても漫然と業務上横領の成立を認めたのは明かに誤である。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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